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自分自身

生い立ち(中学生~高校生)

中学生になっても同じで、相変わらず、母と兄から暴力を受ける日々。
ある日、朝起きたら包丁を持った母が立っていた
いや、もうここまでくると”慣れっこ”でね、「どーにでもしてください」と思う。本当に「どーでもいい」感じ。
4つ上の兄は私が中学3年に上がるころに社会人となり一人暮らしを始めた。
母と私の二人暮らしが始まった。
中学三年の秋なのか、肌寒い日。母がおかしくなった。
トイレから出てこなくなった。独り言を言っていた。
「お寿司が来るよ」とか言ってて、絶対来るわけないのに何故か信じようとした私
独り言、トイレから出てこない親、どれくらいたったのか、これはまずいぞと思い、兄や親戚、知人、学校の先生に連絡
最初に来たのは知人夫婦。母をトイレから無理やり出して布団に寝かせ、男の人が母の上に馬乗りになった。「やめて」と止めたが、女の人に出ていくように指示された。
私はベランダに出た。肌寒い日だった。自宅は6階で、ベランダから下をのぞいた。「もう死のう」と思った。どうでもよくなっていった。
そのうちに他の知人男性も二人やってきた。大人たちは話し合っていた。私は蚊帳の外だった。
何時かは覚えていない。誰もいない小屋へ連れていかれ、私はそこで一人で寝ることになった。心細かった。母がどうなったのか、何が起きているのか、誰も教えてくれない。私は一人だった
翌日、大人が迎えに来た。サンドイッチとジュースをくれた。それから学校に連れていかれた。母がどうなったのかわからなかった。
学校に向かうとき、大人が学校終わりに迎えに来ると言ってくれたが、結局は来なかった。
学校終わり、友達と待っていたが大人が来ず、友達に嘘つきと言われ、トボトボ自宅へ帰った。
自宅に戻ると、大人たちが集まっていた。親が精神科へ入院したと知った。
それから、大人たちの家を転々とさせられた。
私は一人で自宅にいたかったのだけど、義務教育中の子供は一人にできないそうで、知人宅へ泊めてもらった。
初日は優しかった知人女性も翌日には厳しくなっていた。居心地は悪かった。
どれくらい母は入院したのだろうか・・・・あまり覚えていないが、長く感じた。おそらくは1か月程度。最初の知人夫婦宅に1週間。その次の知人夫婦宅に3週間程度お世話になったと記憶している

高校に入ると、親は落ち着いた。というか、私の成績があがったということが影響しているのだろう
高校三年間は本当に平和だった。暴力はなくなった。ものすごく過ごしやすい三年間だった。
三年間学級委員長、学年トップにはなれなかったが学年2位くらいにはいた。いろんな代表になった。
先生にもチヤホヤされて、大人ってのは、くだらないなと思った。優等生、こんな自分でもそうなれる
そうして、無事に高校を卒業し、家を出て一人暮らしを始めた。



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